頂天眼

物事の「本質」を考えるブログ

「死」の本質

死んだらどうなるか・・?
シンプルに考えれば、誰でも簡単に分かる事だと断言出来ます。

そもそも人間の脳は信じる様に出来ているので、死後の世界や生まれ変わりを信じる気持ちは分かるし、信じる人を決して否定しません。
その辺りは、宗教の話と同じです。

でもここでは、そんな「真実」の「だったらいいな」な話は置いておいて、シンプルでつまらない「事実」の話だけをします。


誰でも毎日「死後」を体験してる

死ぬってどういう状態

シンプルに考えれば誰でも分かると断言できる理由、それは、誰もが体験した事があり、容易に想像出来るからです。

死ぬという状態、それは、生命を維持する身体の機能が損なわれ、最終的に、脳の機能が完全に停止する事です。

思考する為の脳が止まる、つまり物理的に考える事も思う事も出来なくなるので死後の世界も何も感じる事が出来ない事は明らかですが、この、「脳の停止」「死」に限りなく近い経験を、すでに誰でも、毎日体験している事に気付きませんか?

もう察しが付くかと思いますが、睡眠です。

人は睡眠状態になると、深い眠りと浅い眠りを繰り返しながら長い時間を過ごします。

寝ている間は「夢」を見ますが、それは、起きる直前、最後の浅い眠りの時に見た「夢」を覚えているにすぎません、それ以前の睡眠中の記憶は無いはずです。

特に深い眠りの時は、完全に「無」の状態で「意識」もなく「感覚」もなく「時間の概念」も無い状態を体験している事を思い出せると思います。

睡眠から覚めれば、寝ていた間の時間を飛ばして朝が来ますが、死を迎えれば、その後の何億時間でも永遠に飛ばし続ける。

その「無」の状態が永遠に続くのが「死」の感覚です。

じゃあ俺の魂は、どこにいくんだよ?って話

ここまで、体験としての死がどんな物かは分かったけど、
じゃぁ、確かに今、自分の中に在る「魂」は、死後どこに行くんだよ?
という疑問を感じる人も居るかと思います。気持ちは分かります。
そう考えるのが人間ですから。

昔の人は、人の命を蝋燭の火に例えました。
蝋燭のは、燃料の蝋と周りの酸素がある限り灯り続け、確かにそこに存在しますが、燃料が尽きれば消えます。魂も同じ様な物と昔の人は考えた訳です。

しかし、目の前にあった火が消えた時、「この火は消えた後、何処に行ったんだろう?」って考えた人は居ますか?

魂は、生まれ変わると考えるのに、火は生まれ変わると考えない、その差は何だろう?

それは、そこに思い入れがあるかどうか、要するに、人がそうあって欲しいと思うかどうかの差です。

残念ながら、消えた火も、命も、魂も、意識も、何処にも行かないでしょう。

物理的に消えるだけ、それが「死」の本質であり事実です。